
いつもいつも、更新できずにみっともない限りです。それで今回は多少長持ちするよう、ご挨拶の辞、といった体裁にします。本当はこういうのは好きではない。
企業理念など列挙したくもない。本来、わがままな性質なんですが、どうも常識的なこと、全うなことをしたくない、というだけでなく、あの額に入ったお題目のような「企業理念」みたいなものはどうも好きではない。あれは一種の商売人の掛け声のようなものです。だからといって世人がそうすることを否定するつもりはない。どうも、優れた商売人ほどそんな傾向があるようにも思います。
まあ、毎年同じことを申し上げるようですが、去年もいろいろありました。
これは又聞きなのですが、あるIT関係の若い人が云っていたそうです。「私たちは“神の見えざる手”によって動かされているのにすぎない」
目覚ましい成功のうちにある人々も、なにか巨大なもの、予測もつかず制御も不可能ななにかに翻弄されている、といったところでしょうか。
巨大なものとは、嘗ては恐慌を引き起こす経済や戦争や歴史そのものだったはずですが、新興のそれはインターネットや、ますます自働性を昂めていく、あるいは実体経済からかけ離れていく金融市場などであるようです。
その昔、この巨大なものを人間の手でつかみたいと云う壮大な夢を持っていた時代がありました。しかし今ではその夢もこの巨大なものにすっかり呑み込まれてしまったようです。
この巨大なものはそれ自体、人間的自然であり、所与である。だからそれについてとやかくいわずに、うまく波に乗れればよい、というのが当今の大勢です。おまけに時代はどうやらミニバブルの様相を呈してきたようです。
一部のエコノミストによれば「これはバブルではない。正常へと向かう第一歩」とのこと、経済の動的な本質が価値の幻想的な拡大再生産であるとすれば、これは全く正しい。正常な経済状況とは、あるいは理想的な経済状況とは、抑制されたバブルのことでしょうから。
いずれにせよ、そろそろ本質論的なアプローチが復権して欲しいと考えているのは私だけでしょうか
2009/5/26
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